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エンジンストップ
朝早く起きてポカラ行きのバスを待つ。
昨日一緒だった人たちは皆カトマンズに向かうのだという。
ポカラ行きは僕だけだった。
ホテルの前には昨日本物のデラックスなバスが停まっていたのでてっきりそれに乗るのかと思ったら僕が案内されたのはなんとかなり年代モノのジープだった。
僕は唖然とした。
今まで見たこともないようなボロ車だった。
車体のあらゆるところが錆び付いており、なんとフロントガラスが壊れてなくなっている。
昨日のバンなんてこれに比べれば全然マシではないか。
しかも、車は朝霧によって中までびしょびしょに濡れていた。
僕は荷台に案内されると、日本人男性と韓国人女性が乗り込んできた。
僕は少しほっとした。
一人ではないのだ。
しかし、そのジープに乗り込む人の多い事多い事!
これが笑えなくて何が笑えようか。
昨日よりさらに小さい車に総勢15人!
当然全員座れるはずなどなく4〜5人は車の後ろにしがみ付く格好になっていた。
しかし、幸いな事に(?)これでポカラまで行くわけではなかった。
さすがのネパール人もそれはないよね。
4キロ先に乗り換えのバスがちゃんとありそこまでこの車で行くという事だった。
乗り換え地点に着くとそこにはちゃんとしたバスがあった。
現地人に焦らされ急いでバスに乗り込む。
しかし、これからが本当の試練だった。
実はこのバス、てっきりツーリストバスかと思ったらなんか違うようだった。
しょっちゅう停まっては人を乗せていたからだ。(路線バス?)
そしてトラブル発生!坂道での突然のエンスト。バスが動かなくなった。
僕はてっきりすぐ復活して発車できるものかと思っていたが、いつまでたっても直らない。
しかも運の悪い事に場所はかなり山奥で近くにガソリンスタンドもなければ民家すらない場所だった。
運転手と乗客の何人かが試行錯誤しながら直そうと必死になっている。
僕も降りて見てみることにした。
見るとなにやらエンジンオイルのようなものが漏れてるではないか。
彼らは手を真っ黒にして一生懸命直そうとしていた。
車についてはあまり知識もないし僕の手に負えるものじゃない。
炎天下の中一緒の日本人男性と韓国人女性とひたすら待っていた。
彼らの名は「ヒロ」(デリーのヒロとは別人)と「ヘギョン」
昨日バス会社のストライキでスノウリ発のバスが出なくて彼らは一緒に足止めを食らっていたらしい。
僕はてっきりカップルかと思っていたが、昨日会ったばかりということだった。
ヒロは奈良出身で歳は僕の一つ上。
英語が結構話せ、個性の強い男だった。
一方ヘギョンは4歳上でよく分からない性格。
英語もそんなに得意ではないらしく同じく英語には苦労している僕とはコミュニケーションが非常にとりづらかった。
それにしてもバスを直す方もとんでもない事になってきた。
なにやら口にホースを咥えエンジンオイルを吸いだしたりしている。
遂にオイルが口まで到達し、その人はオイルを吐き出した。
口がオイルまみれでマックロ・・・オエッ!。
しかしバスはうんともすんとも言わない。
しまいには直そうと頑張っていた人達も諦めてへたりこんでしまった。
僕たちは完全に立ち往生してしまった。
始めはヒロもヘギョンも話をしていたがこの絶望的な状況に次第に無口になっていった。
とは言ってもみんな手をこまねいているわけではなかった。
乗客の何割かは時たま通りかかる別のバスに交渉して乗ったりしていた。
だが、僕らは何も出来なかった。
・・・
・・・
・・・
ただひたすら待つこと二時間、何の前触れもなくエンジン音が鳴り響いた。
「え?」
一瞬何が起こったのか理解できない。
今まで散々試して諦めたものとばかり思っていた。
エンジンをかけるタイミングを待っていたのだろうか。
何事もなかったかのようにバスはまた出発した。
その後バスは山を越え谷を越えひたすら10時間走り続けた。
途中何箇所か検問があって銃を装備した男たちが乗り込んで車内をチェックした。
乗客は一旦降りなければならない。
しかし僕たち外国人はフリーパスらしくそのまま乗っていた。
僕はネパールに入る前にこの国の情勢を調べていた。
なんでも、一年前に国王一家が惨殺されネパールは大変だったようだ。
殺害したのは皇太子だと言う話だが、この事件以外にもマオイスト(*14)が頻繁にテロを起こしていて、この国の情勢は不安定だ。
バラナシで聞いた話だとバスがテロの標的にされる事も多く、しょっちゅうバスが爆破されていると言う事だった。
検問が厳しいのも頷ける。
検問はやたら時間がかかり僕はイライラした。
それからある地点から乗客が異様に多くなって、隣に座った子連れの女性が容赦なく押してくるので窮屈でしょうがなかった。
ザックも膝の上に載せており全く身動きが取れない。
これじゃエコノミークラス症候群になってもおかしくない。
食事もまともにしてない。
日が暮れてもポカラには着かなかったが乗客はだいぶ減って楽になった。
ポカラ近くではホテルの客引きと思われる男が乗り込んできて僕たちを誘った。
やけに人懐こくて怪しげな人物だったので警戒していたのだが、これからホテルを探すのも骨だし驚くほどの値引きをしてくれたので僕たちはこの男について行くことにした。
暗闇の中、彼の表情はよく分からない。
ネパール人は人がよいと言われているがこの男は本当に信用していいのか。
僕はまだ確信をもてないでいた。
(*14)マオイスト:毛沢東思想の共産党組織。
最近では一部のトレッカーがトレッキング中にマオイストに遭遇し、金品を要求される事例が発生している。
ちなみに彼らのおかげで僕が行ったときの外務省の海外危険情報では多くのところが「渡航の延期をおすすめします。」になっていた。
とはいっても現地では危険な雰囲気は全くなかった。
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