バラナシ編

クリスマスイブ
 今日はクリスマスイブ。 とは言ってもインド人にとってはクリスマスはほとんど関係ないらしい。
そりゃそうか。町の様子も普段となんら変わりない。
今日は珍しく朝から曇りの天気だった。
今日は日中インド立体地図が展示されている寺院に行って来た。特に面白い発見はなかった。
市内に戻り、町をぶらついた後、久しぶりに日本の彼女に電話をした。
イブだから。
最近メールのほうも音信不通だったので心配していたがいたって普通のようだった。
むしろ心配されるのはこっちのほうか・・・。
それにしても、ほんの少し話しただけなのに電話代が宿代より高くなるのは納得がいかない。

宿に戻ると情報ノートに目を通した。
情報ノートにはいろんなことが書いてある。
この宿のマスコット犬チキについての話とか。
ここの家族についての事。
親父さん、ママ、その息子のラジャ、二人の娘。
とくに下(上かも)の娘のほうはたいそう美人という感じもなかったが人目惚れする日本人が続出しているらしい。笑えた。
彼らによると普段はぶっきらぼうで可愛げがないがちょっとしたところで見せる優しさがぐっと来るらしい。
それから、ラジャという息子の話。
とにかく日本人の女の子が大好きらしく、彼に迫られた日本人女性は数知れないらしい。
親父の話だとラジャは現在日本に勉強のため旅行に行っているということだ。
帰ってくるのは僕が丁度旅を終える頃だという。
面白いやつだということが分かったのだが会えないのは残念だった。
あと、チキについて。
チキはその昔大きな病気を患ったらしくそれ以来とても神経質になってしまったそうだ。
小さい犬だがうかつに近づくとうなり声を上げてくる。
僕も慣れてもらおうといろいろやったが最後までなつくことはなかった。
残念だ。それでも番犬の役割はちゃんと果たしているようで宿に猿が近づくと敏感に察知して猿を追い払っていた。

それから、宿の前の小路の角に座っているおじいさんの話が載っていた。
とてもいい人だという。
僕は「あれ?そんな人いたっけか?」と思いつつ少し興味があったのでその場所に行ってみる事にした。
すると今までは全然気付かなかったが確かにその人はいた。
僕は話しかけると彼はいろいろ話してくれた。
話している内容の半分も理解できなかったが、彼が言ったことはおおよそ

「世界は一つの家族で、一つのカーストしかない。それさえ分かれば世界は平和になるのだ。」

と言う事だった。
あと最近歳を取って体が不自由になってきたということも言っていた。
彼は通行人からお金をもらっていた。
彼は尊敬されている本物のサードゥー(*13)なのだろうか。
最後に彼はインド人のよくつける赤い染料を僕の額に付けてくれた。
とてもいい気分だった。
あんな聖者が身近にいてしかも人々から敬われている。
インドの素晴らしい面はそういうところでもあると思う。

 夜になりバナラシの町に雨が降り始めた。
今日がバナラシで過ごす最後の夜。
宿の親父に頼んでチケットを手配してもらい明日にはここを発ちネパールに向かう。
雨のせいかその夜街はいつもより静かだった。
僕はラクシュミゲストハウスの屋上で行われるインド楽器のコンサートに行くことにした。
昨日ソナという若者に誘われたためだ。
このソナという男がまた曲者だった。日本語が少し話せ、かなりの商売上手なのだ。
ソナからは朝に50Rsでウールのショールを買ったのだがさっき会ったときはまだ何か売ろうとしていた。
逃げようとすると足にすがり付いてくるという厄介な奴だった。
でも、とても愛嬌があり嫌いではない。
日本人旅行者の間ではかなり有名な男らしい。
で、そのコンサートの会場と思しき場所に行ってみた。
会場となっている屋上は簡素な屋根がかかっており一応は雨を凌げるようだった。
雨が屋根を叩く音と雷の音が盛んに聞こえていた。
僕は近くの椅子に座ったが、おかしなことに時間はもう過ぎているにもかかわらず僕以外客はおろか奏者もいなかった。
ステージらしき台だけ置いてある。僕はとりあえず飲み物を頼んで待っていた。
すると突然の停電。
真っ暗になってしまった。
まあバナラシでは停電はよくあることだ。
僕は席を立ちしばらく雷を見ていた。
綺麗な夜。
あんなに慌しかった町も今はしっとり濡れて落ち着いた気がする。
電気が復旧するとやっと奏者が現れた。
たった二人。
しかも客は僕だけ。
それでも、ちゃんと演奏はしてくれた。

宿に戻っても宿はまだ停電したままで電気の代わりにランタンを使っていた。
僕の部屋には娘がロウソクを持ってきてくれた。
僕はその灯りで日記を書いた。
イブの夜にロウソクの灯りですか。
なかなかおつなもんですね。


(*13)サードゥー:ヒンドゥーの修行者。世俗を捨て心身を神にささげた人。 しかし中にはサードゥーもどきの乞食や俗物もいる。デリーではこのサードゥもどきに金をせびられたが 突っぱねた。


BACK TOP NEXT