カルカッタ編

世界観が変わる時?
 夕方、僕は食事でも取ろうと思って外に出ると偶然小菅さんに会った。
僕は夕食に誘われたので近くのレストランに行くことにした。
夕食をともにしながら彼女は自分のことを話していった。
そして、その話を聞く程に僕が彼女に最初感じた予感が当たっていたことが分かってきた。

彼女はこの旅で僕が知らなければならないことを知っていた。

 小菅さんは今回の旅行でカルカッタに来るのは三回目になると言う。
11月から東南アジアを回って来て今はカルカッタだ。
三回目ともなるともうカルカッタでは顔馴染も多いらしい。
特にニューマーケットでは散々ボラれてよく記憶に残っているらしく、二回目三回目と来るうちにどんどん仲良くなって彼らインド人の実情をよく知るようになったそうだ。
人のいい彼女の事だ、騙されそうだなと思った。
でも、それがきっかけでより深くインド人と交わることができたのだ。
これは小菅さんだからこそなのだろう。
騙されても騙されても、人を信じようとする彼女のやさしさ。僕ならきっとインド人に対しては常に警戒を解かず、騙されない代わりに得られる物も無いのだと思う。
彼女は僕に無いものを持っていた。

 小菅さんは仲良くなった客引き達の話をしてくれた。

日本人を騙そう近づいてくる彼らもやはり結局は僕らと同じ人間だという事。ただそれだけのあたりまえの事実。

本当はやりたくないけどオーナーの命令だから仕方なくやっている人もいるという。
「人を騙す仕事なんてもうやりたくない。」
とオーナーと喧嘩して辞めてしまった人も・・・。
ただ通り過ぎるだけの僕には見えない風景を彼女は知っていた。
僕はラジュをどんな風に見ていただろう。
結局は騙す方と騙されまいとする方の鬩ぎ合いの中でしか彼を見ていなかったのだろうか。
でも、それでも僕は何かを見つけようとあがいていた事は確かだ。
しかし、もうラジュはいない。
僕の気持ちはもう彼には伝わらない。

 僕は小菅さんと話すことでやっと目が覚めた気がした。
信じることは疑うより遥かに難しいと思う。
僕は小菅さんとインド人のエピソードを聞いてインド人に対する疑心暗鬼の呪縛が解けていくのを感じた。
大して濃い話を聞いたわけでもないのに不思議だった。
彼女の言葉には魔法がかかっているかのようだった。
最後の最後に小菅さんに会えたのは本当に幸運と言うしかない。ありがとう。

 レストランを出て別れた後、僕は日本語で話し掛けてくる中年のインド人に会った。
嘗ては日本語で話し掛けてくるようなインド人は100%信用しないと決めていた。
しかし、話してみて違う事に気付いた。ただ単に日本人と話すのが目的の人なのだった。
銀行マンで、日本語を勉強中だと言う。
「日本語のスピーチコンクールで優勝したことがあります。」
綺麗な発音だった。
彼を邪険に扱わなくて良かった。
以前の僕ならきっとそうしていただろう。
でも、もう大丈夫。
帰り道、僕は世界がまるで違うように感じた。


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