カルカッタ編

インド最後の夜(後編)
僕はホテル「マリア」の前で小菅さんと待ち合わせた。
仕切り直しだ。
奴等が隣にいるとまともに話ができない事は分かっていたから。

近くの路上で腰を下ろしながら僕は彼女の話を聞いていた。
僕よりも遥かにインド人のことを知っていた。
でも、あまりに彼女はお人好し過ぎて、心配だった。
騙されて失う物がお金だけだったらまだいい。
彼女にしかないもっと大事な物を持っていかれるのではないか?
僕は心配だった。

 小菅さんがボランティアを始めた理由は、もともと福祉関係の仕事がしたかったからだと言う。
旅行が好きになったのは大学3年の時、四国を一人で旅してからで、今度は海外に行ってみようとツアーのパンフレットを見ていて偶然マザーハウスの事を知ったという。
丁度その頃、彼女の周りには海外を一人で旅する人が結構いて、海外旅行は身近な存在になっていた。
そんなわけで、最初は一週間、次は二週間、三回目の今回は三ヶ月以上やってみるつもりだと言う。

最初のボランティアのときに彼女は忘れられない出会いをした。
その時カーリーガートにはある足の不自由なおばあちゃんがいた。
ちゃんとお互いが知り合ったのはボランティアが終わる3日前のことだった。
3日後、ボランティアが終わるその日、そのおばあちゃんは小菅さんがもういなくなる事も知っていて、最後に自分の力で歩いて小菅さんの所まで会いに来てくれたという。
おばあちゃんは涙を流しながら彼女とお別れをした。

たった3日。
それだけで、そのおばあちゃんにそこまでさせる不思議な力を彼女は持っている。
僕もそれは良く分かる。

小菅さんはその時の事を忘れられず次も来ようと決めたそうだ。
しかし、一期一会。二回目カルカッタに来たときはもうそのおばあちゃんはいなかった。
亡くなってしまったのか、元気になって退院したのかは定かではない。


 チャイ屋の子供がチャイを運んできた。
とても居心地のいい場所だった。
旅の話、友人の話。
話していたのは殆ど彼女の方だった。
僕にはまだ人に話せるほどの何かを持っていない。残念ながら。
でも、いつかは、僕も何かを人に伝えることができる日が来ると思う。

 別れるとき、彼女の顔は笑顔だったが、少し寂しげだった。
彼女にはまだ僕に話していない大事な事があるに違いない。
時折見せる寂しげな表情は彼女もまた悲しみを背負って生きている事を思わせた。
その顔はしばらく僕は忘れられそうにない。



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