デリー編

デリーの奇妙な一日ツアー (前編)
 今日も大変貴重な経験をした。
スリリングな一日だった。
朝起きた僕は昨日行けなかったインド門ともっと南でデリーの端にあるクトゥブミナールに行くことにした。
結果から言うと両方ともばっちり観光できたし、さらには予定にはなかったロータステンプルにも行くことが出来た。
だが、そこはインド。普通じゃないこともよく起こる。
 まずは駅前に出てリクシャーを捕まえるとこにした。
ところがサイクルリクシャーに話してみると首を横に振るばかりで乗せてもらえない。
何台か聞いてどうやらサイクルリクシャーではインド門に続く道路に入れないらしいことが分かった。
そこで今度はオートリクシャーを捕まえてみた。
インド門まで20Rsで行けることになったのだがなぜかまたコンノートプレイスで降ろされた。
今度はタクシー会社の前だ。
どういう理屈でそうなるのかその運転手は自分の車で行かないでタクシーで行けという。
しかも「プリペイドだから安心だよ」とかほざいていた。
どうせまたろくでもないことを企んでいるに違いない。
「何でお前の車で連れて行かないんだよ。」
つくづくリクシャーはうまく行かないと思う。
(後から分かったことだがオートリクシャーも乗り入れが制限されているらしい。)

そうやって僕が脱力していると一人の男が声を掛けてきた。
「20Rsで連れて行ってやってもいいぞ。」
見てみると別のタクシーの運ちゃんだった。
もう、これ以上うだうだされるのは嫌だったので僕はその人に着いて行く事にした。
ところが運転手だと思ったその中年の男(仮にランディーと名づけよう)は車に着くと助手席に座るではないか。
なんと、運転手が別にいたのだ。怪しい。
たかだかインド門に行くだけなら運転手一人で十分。
じゃあ、あんたは何なのさということになる。
しかし、僕はもうすでにリクシャーとの交渉にうんざりしていた。また降りてうだうだしたくない。
どうしようか迷っていると、ランディーが話しかけてきた。「インド門の次はどこに行くんだい?」
クトゥブミナールだと告げると
「それなら往復で100Rsだな」

!!!!
これは僕にとっては願ってもないことだった。
クトゥブミナール往復で100Rsは悪くないし、何よりタクシーに乗るたびに交渉する手間が省ける。
さらには予定にはなかったロータステンプルも行ってくれると言う。
僕はこの話に乗ることにした。
仮にランディーが悪い奴で悪徳旅行社に連れて行くとしてもそれは最後らへんだろう。
いきなり連れ込むならわざわざコースを付け足したりしない。
僕は連れ込まれる前にうまく逃げればいのだ。
しかし一つ問題があった。
それは回る順番である。
このまま彼の言うとおりに行けば初めにインド門、次にクトゥブミナール、最後にロータステンプルということになる。
それはまずかった。
なぜならロータステンプルはけっこう郊外にあるからだ。
そこで逃げるにしても地の利が悪い。
その点最後に行くのがインド門ならすぐ帰れる。
僕は頭の弱そうな日本人旅行者を演じながらそれとなく順番を変えてもらうことにした。
ランディーはすぐにOKしてくれた。僕のことは微塵も疑っている様子はなかった。
うまく行きそうだ。
あとはずっと考えを悟られないようにバカな日本人になりきればいいのだ。

 その後車内では何気ない会話が繰り返された。
ランディーが言うには彼には兄弟がいて現在大阪にいるらしい。(うそくさ!)
僕も出身地を教えてあげたがやはり青森は知らなかった。
いつも説明するのは「北の町」「田舎」ということぐらいか。
それからランディーはしきりに僕の今後の予定を知りたがった。
「デリーの次はどこに行くんだい?」
「うーんと、アグラー行ってジャイプル行ってー、バナラシ、そう!それからネパール行くよ。」
「うーんネパールか……ジャイサルメールなんかいいぞ。こういうコースはどうだ?アグラー、ジャイプル、ジャイサルメール…」

なんでお前が勝手に僕の予定を決めんのだ。
僕は適当に受け流しつつも、心の中で悪態を付いた。
どうせ今日の予定が終わっても明日からもずっと面倒見ますよということなんだろう。
ばればれなんだよ。
しかし本当に彼らを出し抜けるだろうか?不安はなくはなかったが今は観光を楽しむことにした。
勝負は最後のインド門だ。

 いつの間にかタクシーはクトゥブミナールに着いた。
ランディーは中には入らず外で待っているそうで僕は入場料を払い一人中に入って行った。
クトゥブミナールとは古代の巨大な塔のことでありそれを中心に遺跡が広がっている。
そして園内にはあのオーパーツとして有名な錆びない鉄柱(*5)がある。
今日の僕のメインディッシュだ。
僕はそれを見るためにわざわざ15Kmも離れたここに来たのだ。
僕は遂にその1500年以上経っても錆びないと言われる鉄柱と対面した。


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「・・・錆びてんじゃん!」

確かに上の部分は黒々と墨のような色をしていて錆びてはいない。
だが下の部分は手垢にまみれて錆びているように見えた。
そうだよね触ったらいかんよね。まあ、そういうこともあるさ。
因みに今は柵で囲まれているのでそれに触ることは出来ません。


 次の目的地はロータステンプル。
そこではランディーは一緒について来て案内してくれた。
逃げられないように見張っているのか?
彼に付き添われてロータステンプルに向かって歩いていった。
それはそれは素晴らしく美しい建物だった。
名前の通り蓮の形をしている。
僕は一枚写真をとろうとカメラを向けた。

「ん?」

どうしたんだいランディーなんか動きがぎこちないぞ!!!

僕は少し思うことがあり前を歩くランディーに声を掛けた。
「おーい、こっち。」
彼は聞こえたのか聞こえてないのか後ろを振り返ろうとしない。
さらに呼びかけるとわざとカメラの視界から外れて
「どうした、撮ってやるぞ」
と言ってきた。
「ん?ああ、撮ってもらおうかな…」
これはどういうことだろう。
宗教上の理由で写真はダメとか、あるいは普段から写真を撮られるとまずい商売をしているとか?
深入りはやめておこう。
無理に撮ると後でやばいかもしれない。
そして何事もなかったかのように写真を撮ってもらった後、ロータステンプルに入っていった。
中は広いホールになっていた。
外観も素敵だったが内部はもっと素敵な場所だ。
圧倒的に静かだった。
いや、確かに静かだったが静かというよりは静かな気持ちにさせてくれる場所だった。
ホールにはたくさんの椅子が並べられており僕らはその一つに腰掛けた。
目を閉じるとどんどん心が真っ白になっていく。
時折聞こえる子供の声が広いホールに反響して美しい音に変わり僕に降り注いだ。
ロータステンプルの正式名称はBahai House of Worship(バハイの祈りの家?)と言う。
僕も一つ世界平和のために祈ろうか。
ここはデリーで一番好きな場所になっている。

綺麗なシンメトリーのロータステンプル。ランディーに撮ってもらった写真です


(*5)錆びない鉄柱:グプタ朝時代(4世紀)に作られたとされ、純度は100%に近い。 この純度の鉄は当時の技術では精製不可能だということだ。


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