デリー編


 ニューデリーに戻ってくるといつになく体がだるいのに気が付いた。
そういえば日中歩き回っていたときも妙に疲れた気がしたっけ。それに熱がある。
風邪か?
疲れが溜まったのかもしれない。僕も遂に体を壊してしまった。
夕食のサンドイッチもあまり喉を通らない。
ヒロに生野菜が入ったサンドイッチはやばいんじゃないかと指摘され、そういえば昨日もこのサンドイッチを食べたことを思い出した。
そのときはそのサンドイッチに生野菜が入っていることなど大して気にしていなかった。しかし、今思い返すとそれが原因のような気もする。
サンドイッチにはトマトときゅうりが入っていた。きゅうりは日本のものと比べ物にならないくらいうまくて感動したのを覚えている。

 ホテルに戻るとヒロはバナラシで買ったタブラーを見せてくれた。
彼が演奏するのをじっと見る。
それは指で叩くのだが叩く位置と指使いで音色を自在に変化させることが出来る。
とても面白い楽器だ。
僕も試してみたがとてもヒロのように綺麗な音は出なかった。
ヒロはこのタブラーに魅了され、来年もバナラシにタブラーを習いに行くと言っていた。
今度は二週間じゃなくもっと長く滞在したいのだそうだ。

 ヒロは自分探しをする旅人だったと思う。
インドの旅はあまりに衝撃的なことが多いから、ある程度は自分を壊して周りに適応させなければならないときもある。
そういう時芯の弱い人はどんどん壊れて歯止めが利かなくなる。
よく「インドに行って人生観が変わった」と言う人は自分が意外にも芯の弱い人間だということを知らなかった人なのだと思う。
ヒロからくたびれた感じを受けるのはヒロがそれほど大変な旅をしてきたからだ。
自分のかなり多くの部分を壊す他なかったからだ。
親や友人とも連絡を絶ち、身一つであてどない旅をしてきた。
そして、最後にバナラシに辿り着いた。
そこで彼は余計な部分を削ぎ落とした自分と向き合ったのだと思う。
自分にとって本当に必要なことが分かったのだと思う。

僕はどこまで壊さずに旅を続けられるだろうか?
僕の芯は強いのだろうか?
でも、ただ一つヒロと違うのは、僕にはもう帰る場所があるということだ。
きっと同じような旅は出来ない。

 その夜部屋で寝ていても頭痛であまり眠れなかった。
そして、いつ終わるともなくタブラーの軽快な音が聞こえていた。


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