パトナー編

インドに帰ってきたよ
 バスは上下に激しく揺れる。
僕は最後尾に座っていたため時々天井に頭をぶつけるのではないかというくらい跳ね上がる事があった。
しかし僕にとってはそれも大した苦痛ではなかった。
慣れるものである。半日走ってバスはてインドの地方都市パトナーまでやって来た。

 パトナーがあるビハール州はインドでも最も貧しいとされているがその州都パトナーの規模は大きく意外なほど賑わっていた。
貧しいといってもさすがは120万都市。
駅前などを見る限りではデリーより都会のような気がする。
そしてそれよりも僕はこの町が今まで訪れてきたインドの都市のどことも決定的に違うものを感じた。
ここは明らかに違う。町の空気が。

僕はまず始めに今日の宿を決めた。
駅から近くには手ごろな値段のホテルはなく今までに泊まったことのない高級なホテルばかり立っていた。
ガイドブックには安い宿が載っていたがいくら探しても見つからない。
まあ、どうせ短い間だし多少高くてもいいやと思い近のホテルに行ってみたが断られた。
満杯だという。
もう一軒もだめだった。
なんなんだこれは。
高いホテルほど人がいっぱいというのは聞いたことがあるがやはりそういうものなのだろうか。
それとも僕の格好が汚かった?
しかし次の一軒は空いていた。値段は500Rs。
今までせいぜい100Rsの宿で過ごしてきた事を考えるとバカ高い。
しかし、僕はもうこれ以上荷物を背負ったまま歩くのが億劫だったのでここに決めることにした。

荷物を降ろすと僕は明日のカルカッタ行きのチケットを買いにパトナー駅に向かった。
駅に着くと早速窓口を探す。
英語表記が少ないためどこに並べばよいか迷って少しウロウロしていると一人の青年が声をかけてきた。
僕はまた下心のある奴が寄ってきたと内心舌打ち。
しかし彼は僕を窓口まで連れて行き「じゃあね。」とどこかに行ってしまった。
「あれ?」
意外にもただの親切な男だったのか?
まあいいやとりあえず並ぼう。
と思ったが僕ははたと気付いた。ああ、ホテルに財布忘れた。
正確には財布はあるのだが20米ドルとトラベラーズチェックしか入っていない財布だ。
両替せねば。
僕は駅を出て探そうとしたら先程の青年にまた会った。ついでだ
「これ(20米ドル)使えないよね。両替できるところないかな。」
青年は考え込んだ。通りの向こうにありそうだとは言ったが。「僕はここで母を待っているんだけど母が来たら一緒に探すよ。」と言った。
なんという親切心だろう。
僕は両替所ぐらい駅構内にあるんじゃないかと歩き回っていたがどうもないようだった。
戻ってくると青年は母親と思しき人物と一緒だ。
だが、僕は一緒に探すのは辞退した。
彼にも迷惑だし通りの向こうまで行くならホテルに戻るのと大差ない。
それに窓口ももうすぐ閉まるだろう。
僕は彼にお礼を言ってホテルに戻った。
ホテルに戻る途中歩きながら僕は考えていた。
この町と今まで訪れた街との決定的な違いが何であるかは分かっていた。
観光客目当てに群がってくる連中がいないということだ。
この街には主だった観光名所はない。
旅行者も普通ただ通過するだけのところだ。
よって観光客目当てに商売する人間も少ないのだ。
しかし、たったそれだけのことで僕は目を覚まさせられた。
街が全く違って見えたのだ。
さっきの青年といい、道行く人も親切な人ばかりだ。
僕はさっき路上で揚げたナンのようなものを買って食べたが、隣で食ってるおじさんなんか僕を見るとニコニコして気さくに話しかけて来たりした。
僕が今まで見てきたインド人のイメージとは全く違うものだった。
「これが本当のインド人?」
そう考えるといままでインド人に抱いていたイメージがいかに偏見に満ちていたものかと思うようになった。
しつこくてうるさくて濃い。
僕はいっぱしにインド人を理解したつもりでいた。
しかし、それもまた狭い世界での話でしかなかった。
いったい僕は何を見ていたのか。
今までは客引きだのなんだのでインド人の悪いところばかり目に付いていた。
頭ではそれはごく一部の人なんだよと理解したつもりでも、 本当の姿を見せられると全く予想と違うものなのだ。

 そう、この街が違うんじゃない。今まで見てきたところが違っていたんだ!


インドの旅の面白いところは昨日まで考えたり、理解していた事が次の日にはひっくり返り、そこで理解したつもりでもそれもまた次の日にはひっくり返されると言う事だ。
頭の固い人ほどこれには着いていけないと思う。
しかし、僕にはこれがたまらなく快感だった。
固定観念が次々と崩れ去っていき。新しい世界が見えてくるのだ。
世界観が変わると言われるのはよく分かる。


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