バラナシ編

火葬場にて
 その後くそまずいラーメンを食べ終わり、少年にマニカルニカーガートに連れて行ってもらった。
マニカルニカーガートはバナラシで最も大きな火葬場である。
少年は火葬場に着く前にもうこれ以上付き合ってもしょうがないと踏んだのかいつの間にかいなくなっていた。
火葬場にはたくさんのインド人のほかに何人もの日本人や欧米人がいて皆一様に燃えてなくなっていく人体を見つめながら物思いに耽っているようだった。
僕も近くで見たり座りながらぼーっと眺めたりしていた。
布にグルグル巻きにされた死体は初めはそれが死体である事はその形からしかわからなかったが、燃やされて布が燃え本当の姿が現れ始めると嫌がおうにもそれが嘗て同じ人間だったことを思い知らされた。
こんなに死体を間近に見たのは夏に祖父が亡くなって以来だった。

 祖父が死んだ時は葬儀も火葬も思った以上に淡々としていた。
祖父も平均寿命を超えていたし、僕自身祖父に対する特別な思い出や感情がなかった。 父も母も平然としていた。唯一涙を流したのを見たのは祖父の長女であるおばさんだけだったと思う。
最後に祖父とまともに話をしたのはいつだったか、僕は普段から祖父とは顔を合わせる事があまりなく、同じ家にいながら話す事も少なかった。
他の家族とも同様で僕が大学に受かった事も僕がだいぶ後になって教えるまで知らなかったのだ。 そして、やはり僕が大学院に行く事も知らず報告が遅れたことを彼はとても嘆いていた。 そしてそのとき初めて祖父が涙を流すのを見たのだった。祖母も老人ホームに送られ彼は家の中で孤独だった。
僕は酷い孫だと思う。
そして酷いとは思いつつも祖父のために何かしようという行動は最後まで生まれなかった。
ただ、見たくないものを見ないようにしていただけだった。
祖父の最後の数年は最悪だったと思う。

火葬場で最後のお別れをし、たった数十分で彼は永遠に地上から消えた。
魂も肉体も。ちょっと前は生きているんじゃないかと思うほど生前と同じ顔をしていた祖父が今はもうカサカサの白い骨だけになった。
人間はこんなにもあっけなく消えてしまうんだと思った。
持ってみてその骨の軽さに驚いた。



 今、目の前で名前も知らない人たちが次々と焼かれている。
彼らにとっては意味のある生だったのかもしれないが、僕にとっては異国の知らない人の死。
それは僕にとって祖父以上に意味のない死だ。
それゆえ僕にはただ「ああ、人が燃えてるね。」という印象しか与えなかった。
火力の弱い手前の人は白い足がむき出しになってまるで鶏肉でも焼いているかのようだ。
でも、何だろうこの心の空白は。
目の前の見える死に恐怖を感じたのかもしれない。
あるいは僕の魂がここで
「その意味を考えなさい」
と言っているのかもしれなかった。


 しばらく見ていると怪しいインド人が寄ってきた。
薪代の寄付をしてくれと言う事だった。
毎日何十人も燃やすものだから薪代がものすごくかかるのだと言う。
しかしこの男が集めたお金が本当に薪代に使われる保証は全くない。
僕は相手にしなかった。
そうすると相手も強引になってきて
「そこにホスピスがあるんだ。そこの人たちのために寄付をしてくれ。」
「死を待つ老婆がたくさんいる。本当だ。見に行くか?」と僕を連れて行こうとした。
僕はいらないいらないと蝿を払うように言った。
確かにホスピスがあって死を待つ人が沢山いるのかもしれない。
一人燃やす薪の量だってかなりのものだろう。
でもお前にお金を渡すいわれは何もない。
早くどっかに行ってくれと願った。
しかし、その男はかなりしつこく僕のそばを離れようとしなかった。
どうしてほっといてくれないんだろう?
僕はただ座って見ていたいだけなのに。
僕はとうとう耐え切れなくなりその場を離れることにした。
それでも男はしつこく追いすがって来た。
そして最後には訳の分からない言葉で罵声を浴びせてきたのだった。
ヒンズー教徒にとって神聖な場所であるはずのガンガー。 そんなところにも邪悪なものは存在する。 この男もヒンズー教徒であるならきっと自らの業に焼かれて地獄に落ちるに違いない。
 僕は結局10分も火葬場にいることが出来なかった。



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