バラナシ編

ガンガーを見ながら
 昨夜、蚊がうるさくてよく眠れなかった。
蚊取り線香を持ってきてもらえばよかった。
こっちの蚊は強暴だ。容赦なく顔を刺してくる。
朝起きたら左のまぶたが腫れていた。
蚊にはやられっぱなしだったかと言うとそうでもない。こっちもこっちで反撃した。
壁に何箇所も血が付いているのは僕の血を奪い取った奴らをことごとく叩き潰したからだ。

この日はどこに行くあてもなくぶらぶらと歩いて回っていた。
ダシャーシュワメードガートからガートをずっと歩いていった。 ダシャーシュワメードガートが一番人で賑わっていてそこから離れるにしたがって静かになっていく。 それとともにどんどん生活感も出てきた。
人々は川に飛び込んだり体を洗ったり洗濯したり。凧を飛ばしていた。
洗濯専門のカーストの人だろう、棒を持ち石の上に載せた洗濯物を力強く叩いている。
歩き疲れたので少し座って休んだ。
ここなら川を見ながらのんびり出来るだろう。
するとどこからともなく幼い子供が三人寄ってきた。
そしてその子達もまたバクシーシだった。
一番年上に見える7〜8才の子がやけに強気だった。

「弟と妹と私に2Rsずつよこせ。」

物乞いに金額指定までされるとは思わなかった。
僕も最初からあげないつもりではなかったがその子があまりにも強気だったのですぐ渡す事はしなかった。
もう少し様子を見よう。
妹はさらに幼い。5〜6才だろうか?
そして弟は何の病気か知らないが全身に発疹が出ていた。
姉はそれを察したのに気付いたのか彼を指し
「ほらこれを見ろ弟は病気なんだ、だからお金をくれ。」
あくまで強気だ。
僕はそれを見て幼い弟と妹の面倒も見てあげなくてはならない姉を思い同情してしまった。と同時にこの歳でこの毅然とした態度、大したもんだと感心したのだった。
デリーで会った男の子とは対照的だ。
人からお金をもらう立場だと言うのに全然媚びない。
むしろすぐくれないことに怒ってすらいる感じである。
僕は財布から1ルピーだけ取り出して彼女にあげた。
するとさっきまでの強情な顔が一変してものすごい笑顔に変わり、キャーキャーいいながらその辺を走り回ったのだ。
やはりいくら強気を装っていてもまだ子供だ。
子供らしい素直さは失われていない。

でも、結局お金はそれだけしかあげなかった。
この時点では僕はまだバクシーシに金を与えるべきか否かの答えは出していなかったし、 その姉弟がそんなに困っているようにも見えなかったからだ。
でも、彼女たちの笑顔のおかげで僕は少し胸のつかえが取れた。
何より彼らの笑顔が素敵だった。




夜になりガートでは祭りのようなものが始まった。
プジャーと言うらしい。
川に浮かべた船に沢山人が乗り儀式のようなものが始まった。
それを沢山の観光客が見ている。テレビのカメラも回っていた。 人の集まり方からいってもさぞかしすごいものが見られるのかと期待したのだが無信教の僕にとってはいくら見ても面白いものではなかった。
淡々と彼らは鐘を鳴らし火がついている壷を振り回す動作を繰り返すだけ。
そもそも彼らも魅せるためにやっているわけではないのだ。
僕は何を期待していたんだろう。

僕はプジャーに飽きると今日もまたスパイシーバイツに夕食を食いにいった。
今日のとんこつラーメンは麺がインスタントのそれでB級感をたっぷりと出していたがそれがまたいい。
味はとんこつに近くて美味かった。


 フレンズゲストハウスに戻ると屋上で日本人の若者三人が話をしていた。
ドミトリーの人たちだ。
ガンガーがよく見える屋上で、僕も加わり話を聞いていた。
聞くと本当に放浪している人たちという感じでどこの国はドラッグが安いとか、 タイで恋人を作ったとか、その恋人と結婚しようか悩んでいるとか、僕には遠い世界の話のように聞こえた。
同じ国を旅している旅人だけれど僕と彼らの間には大きな隔たりを感じざるを得なかった。
ガンガーを見ながら僕は彼らとは別の事を考えた。
どこに行ってもやはり僕は日本人であり、時間が経てば戻らなくてならない。
それは僕を縛り付ける縄ではあったが同時に帰る場所を教えてくれる命綱でもあった。
人生は旅に似ているとよく言うが、人生が本当に旅に変わったらその孤独は計り知れないと思う。
彼らの言葉から不意に感じ取ってしまった孤独に僕は少し切なくなった。



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